東海道線、性癖開示、国破れて山河在り

国境の長いトンネルを超えてなお、そこは静岡であった。東海道線の熱海~函南間には丹那トンネルという全長約8キロのトンネルがあって、並行して走る東海道新幹線の新丹那トンネルとともに、熱海の休火山を貫いている。函南というのは熱海と三島の中間にある小さな駅で、そのせいか私が乗った列車はわずか三両編成であった。


 熱海を出るとすぐにトンネルに入って、そして激しい揺れがやってくる。調べればこのトンネルの開通は戦前だそうだが、そのせいかもしれない。ぐわんぐわん揺られる車内の隅の席で、暇つぶしに持ってきた短編集も読み切ってしまった私は何をするでもなく宙を見つめていた(丹那トンネルでは携帯の電波は届かないし、そうでなくても旅先のことを考えて充電を温存しておきたかったのだ)。


 唐突にガラリと音を立てて、すぐ隣の貫通扉が開いた。こんな閑散とした車内でわざわざ座席を求めて車両間を移動する人間はいないだろうし何事かと思うと、乗務員が入ってきた。その人が特に何をしたというわけではないのだけど、とても印象的だったのはその容姿が極めて中性的で、かつ美しくあったことである(考えてみれば中性的というのは男性的でも女性的でもない中間の性質をいうのであって、それに「非常に」という副詞でもって修飾するのは誤っているような気がしないでもない)。その人が車内を往復してくる間、目だけでずっと姿を追っていた。おそらく何時間穴の開くほど見つめても、その人の顔立ちや体つきが男性の、あるいは女性のものであると感じられることはなかったであろう。


 どこでそういう趣味になったのか知らないが、既存の男性性・女性性への固定観念から逸脱した、ある意味で反規範的なモノが私は好みで、例えばTSFであったり、異性装であったり、同性愛であったり、色々と。


 車内の見回りを終えた乗務員が最後尾の車両へと帰っていく。貫通扉を開けて去っていく際に、一瞬だけ目が合って、心底嫌そうな顔をしていた、ような気がした。貫通扉は電車が風を切る音に負けないくらい大きな音を立てて閉まった。
 電車はもうすぐトンネルを抜けて函南に到着する。名古屋まではまだ長い。どこかでお昼ご飯を買わなくては。